【語源100話(89)】reciprocal tariff(相互関税)の語源から読み解く危ういバランスと希望

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「reciprocal(リプロカル、互恵的な・相互の)」という英単語は、日常会話ではあまり馴染みがないかもしれないが、国際政治や経済の文脈では頻繁に登場するキーワードである。互いに与え、互いに受け取る——この「相互性」の概念は、言語の中にも、外交政策の中にも深く根ざしている。では、この「reciprocal」という言葉はどこから来たのだろうか。

“reciprocal” は、ラテン語 reciprocus に由来する。この語は、re-(後ろへ、再び)と、pro(前へ)という一見矛盾する接頭辞の組み合わせによって形成されているとされる。つまり、「前へ、そして再び後ろへ」といった往復運動のニュアンスを含んでいた。この語は、もともと「波のように前後に動く」や「反復する」といった意味で使われていたが、次第に「相互的な、返礼的な」という意味へと変化していった。中世ラテン語、そして後の古フランス語を経由して英語に取り込まれた頃には、「互いに作用し合うもの」「返報の関係にあるもの」といった意味が定着していた。

政治的文脈での「reciprocal」という語の使われ方は、しばしば「reciprocal agreement(相互協定)」や「reciprocal tariff(相互関税)」という形で登場する。たとえば、A国がB国に対して関税を引き下げた場合、B国も同様の措置を取るといった具合である。これは一種の「外交的な交換条件」であり、「やられたらやり返す」ではなく、「やってもらったら、こちらも応える」という互恵主義(reciprocity)の精神に基づいている。まさにトランプ関税の話題に伴って頻出しているreciprocal tariffだが、互恵主義とは正反対の「やられたらやり返す」になってしまっているのがなんとも皮肉である。

“reciprocity treaty”(互恵条約)という言葉もニュースにしばしば登場する。reciprocalは含まれないが、日中のa mutually beneficial relationship based on common strategic interests(戦略的互恵関係)という時事用語も連想されるだろう。こうした互恵関係は国家間の信頼関係を築く一方で、「公平性」が崩れるとすぐに政治問題に発展しやすい繊細なバランスの上に成り立っている。”reciprocal” という語の根底には、「一方的な関係ではなく、相手もまた自分と同じように行動するはずだ」という期待や思惑がある。政治的駆け引きにおいては「信頼」や「保証」の概念と密接に結びついており、ともすれば「裏切り」や「失望」につながっていく。

英検の面接等でreciprocalなトピックに触れる際には、互恵関係のそうした不安定さを課題や懸念として挙げるとよいだろう。例えば「Trust based on mutual benefit can be fragile, because it’s actually hard to keep the balance fair for both sides.」(互恵関係に基づいた信頼関係は危うい。なぜなら両者のバランスを取り続けることは実際には難しいからだ。)などと考えを整理しておくとよい。

余談だが、面白いことに数学の世界でも “reciprocal” は「逆数」を意味し、たとえば 2 の reciprocal は 1/2 である。つまり、互いに掛け合わせれば 1(全体)になる関係だ。この定義は、政治や貿易における「互恵関係」ともどこか響き合っている。

グローバル化が進んだ現代においても、”reciprocal” な関係を保つことは容易ではない。関税戦争や技術移転の問題など、「互いに得をするはずだった関係」が一方的に傾き、信頼が崩れる場面が多々ある。それでもなお、この語が持つ本来的な意味、「お互い様」の精神が国際社会において持続可能な関係を築く鍵であることは、今も昔も変わらないだろう。

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