English Memorandum

記者のちょっとした誤解が他人の人生を変えてしまう話

 「『エコノミック・アニマル』は褒め言葉だった」(多賀敏行著・新潮新書)を読む。

 日本人のことを最初にエコノミックアニマル(economic animal)と呼んだのはパキスタンのズルフィカル・ブット外相(当時)という。

 1965年6月27日、アジア・アフリカ(AA)会議での記者会見でのことだ。ブット外相と仲があまりよくなかった日本の地方紙特派員が、economic animalといわれたことを「金儲けしか考えられない獣」と感情的に訳して記事を書いたことが、その後の誤解の原因となったそうだ。

 筆者は、侮蔑の意味なら「beast」を使うだろうとしている。「美女と野獣」は「Beauty and the Beast」である。

 実は、animalには「そのことに関して卓越した才能を持つ人」という意味で使うことがイギリス英語ではあるらしい。事実、イギリスで人気のあったチャーチル首相は「a political animal」と評されているのだ。

 つまり、ブット外相はAA会議で政治問題に干渉しようとする日本の新聞記者に対して、

「日本は経済に卓越した才能を持つ国(economic animal)なのだから、政治ではなく、経済面での援助をアジア・アフリカ諸国にできるはずじゃないかな~、ナンテ」

と言いたかったのが真意ではなかったか、という内容。

 EC(欧州共同体)委員会が最初に日本人の住宅について侮蔑したとされる「ウサギ小屋」発言についての話も面白い。

 これも日本の新聞が騒いで、当時の日本国民は「バカにすんじゃないよ!」と大いにイカったそうだ。(今では日本人は自虐的にウサギ小屋とか猫のヒタイとか自分から言っちゃうのだけど)

 「rabbit hutches」というEC報告書の英語を直訳すると、確かに「ウサギ小屋」になる。

 しかし、オリジナルの報告書ではフランス語の「cage a lapins」という表現を使っていた(実際の表記は a にアクサングラーヴが付く)

 これを共同通信が英語に翻訳した時に「rabbit hutches」と直訳したことが後世に混乱を招いてしまったようだ。

 実はフランス語で「cage a lapins」というのは、都市型集合住宅の愛称を意味する。政府のお役人も住んでいる集合住宅の一形態に過ぎないワケだ。

 フランスのEC委員は、日本のマンション群がそれに似ていたことから『日本人は「cage a lapins」のようなところに住んでいる』と表現した。

 それを共同通信が字面どおり「ウサギ小屋」のようなところに住んでいる、と英語を一度かませて日本に直訳してしまったらしいのだ。

 新聞記者の勉強が甘いと世間にオソロシイ誤解を与えるということを思い知らされるエピソードである。

 パキスタンのブット外相はその後、同国の首相になった。

 日本で”ブットバッシング”が起こっていることを知るや、折に触れて「自分は日本人のことをそういう意味でエコノミック・アニマルと呼んだワケではないのに・・・」と弁明していたという。

 そして、発言から14年後の1979年。

 政権クーデターに破れ、失意のうちに絞首刑でこの世を去る。享年51。

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