English Memorandum

【語源100話(95)】「物体」「目的」「反対」…。objectに共通する“意識の矢印”

英単語「object(ブジェクト)」も前回の「subject(ブジェクト)」と同じように、そのシンプルな姿からは想像もつかないほど多層的な意味を持つ語である。「物体」「目的」「対象」「反対する」など、一見バラバラな意味に見えるが、語源をひもとくと、それらがすべて一本の筋でつながっていることがわかる。その鍵となるのは、「向けられる力」と「外にあるもの」という二つの概念である。

「object」の語源はラテン語 *ob-(~に向かって)+ jacere(投げる)で、「目の前に投げ出す」という意味を持つ。つまり、objectとは「意識や行動の“向かう先”にあるもの」であり、それゆえに英語において非常に広範な意味を持つようになった。

たとえば、最も基本的な意味の一つ、「物体(an object)」は、まさに目の前に実在していて視覚的・物理的に“そこにある”ものを指す。人間の意識や視線、あるいは力の向かう先にある具体的なもの。だからこそ、objectは「主観(subject)」に対する「客観(object)」の象徴ともなる。つまり、「自分の外にあるもの」「自分から切り離された存在」としての位置づけがされている。

ここから派生して、「対象(an object of attention)」という意味も自然に生まれてくる。何かの関心、感情、研究、観察など、あらゆる“意識の矢印”が向かう先にあるものがobjectである。たとえば「She is the object of his affection.」(彼の愛情の対象は彼女だ)のような用法では、まさにその愛情の向かう先を示している。

「目的(purpose or aim)」としてのobjectも同様である。たとえば「My object is to improve my English.」のような表現では、努力や行動の“向かう先”としての意味合いを持つ。「目的」というと抽象的に聞こえるが、その根本は「意識を向けている具体的な到達点」と捉えれば、語源的にも非常に納得がいく。

さらに興味深いのは、「反対する(to object)」という動詞としての使い方である。たとえば “I object to your proposal.”(あなたの提案に反対します)では、objectは「投げかけられた提案に対して、対抗する力を“ぶつけ返す”」という構造を持つ。これも、何かに対して力を向ける(=意見をぶつける)という点で、語源の「ob-jacere(~に向かって投げる)」に忠実である。つまり、objectという動詞は、「対象に向かって自分の意志を投げ返す」ことであり、その結果としての「反対」という意味が生まれた。

このように、「object」という単語は、そのどの意味をとっても「向かう先にあるもの」「外部に位置する対象」としての本質を保ち続けている。語源を知ることで、「なぜobjectが“物体”にも“目的”にも“反対”にもなるのか?」という疑問に明確な答えが見えてくる。

主観と客観、内と外、投げる者と投げられるもの――objectは常に「外の世界に置かれた存在」として、自分とは異なる視点、立場、方向性を示す英単語であり、その意味は広がりつつも芯がぶれていない。

ちなみに、「subjective(サブジェクティブ)」と「objective(オブジェクティブ)」という一対の形容詞は、英語学習者にとって避けて通れない重要語である。日本語訳ではそれぞれ「主観的」「客観的」とされるが、これまでに説明したsubjectとobjectの語源を踏まえれば理解しやすくなる。

「subjective」は「(自分という主語の)支配下にある世界観」とも言える。つまり、自分の感情や経験、価値観によって形作られた世界の見え方がsubjectiveなのだ。一方の「objective」は「外部に実在していて、自分の内面とは独立して存在するもの」というニュアンスを持つ。そこから「客観的」という意味につながっていく。「感情や主観を交えずに、事実やデータに基づいて冷静に見る視点」がobjectiveなのである。

このように、「subjective」と「objective」は単なる反意語ではなく、「どこから世界を見るか」「何に基づいて判断を下すか」という視点の違いを示す極めて本質的な概念といえる。英語を深く理解し、使いこなす上で、この視点の違いを肌感覚でつかむことは、表現力を格段に引き上げてくれる。

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